東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4097号 判決 1960年10月27日
東京千代田区霞ケ関一丁目一番地
原告
国
右代表者法務大臣
小島徹三
右指定代理人検事
館忠彦
同
大蔵事務官 和田正明
同
法務事務官 本橋孝雄
東京都墨田区吾嬬町東三丁目二二番地
被告
南部光之
同都江東区亀戸町九丁目一九九番地
被告
南部製鋼株式会社
右代表者代表取締役
南部光之
右訴訟代理人弁護士
山根静人
小川休衛
右当事者間の昭和三四年(ワ)第四〇九号所有権移転登記等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
1. 訴外南部商事株式会社が被告南部光之との間に昭和三三年二月一一日別紙第一物件目録一ないし七記載の各不動産及び別紙第二物件目録記載の自動車並びに別紙第三物件目録記載の有体動産についてした代弁済契約は取消す。
2. 被告南部光之は、
(イ) 訴外南部商事株式会社のため第一物件目録一ないし六記載の不動産について昭和三三年二月一〇日の代物弁済を原因として、同月一四日東京法務局墨田出張所受付第二八六六号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
(ロ) 右訴外会社のため第一物件目録七記載の不動産について所有権移転登記手続をせよ。
(ハ) 右訴外会社のため第二物件目録記載の自動車につき同年四月二五日東京陸運事務所受付第一六四七九号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3. 被告会社は、原告に対し第三物件目録記載の有体動産の引渡をせよ。
4. 訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
第一原告の申立及び主張
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告国(所管庁東京国税局)は、昭和三三年二月一一日現在訴外南部商事株式会社(以下滞納会社という。同会社の所在地は被告南部光之の住所と同一である)に対し昭和三二年分法人税合計二一、八六四、九七〇円(別紙滞納税額一覧表参照)に達する租税債権を有す。
二、ところが、滞納会社は次のような処分行為をした。すなわち(ハ)別紙第一物件目録ないし七記載の不動産を、昭和三三年二月一一日滞納会社の代表取締役である被告南部光之に借入金二二、六〇〇、〇〇〇円の代物弁済として提供し、そのうち一ないし六の物件については同月一四日東京法務局墨田出張所受付第三、八六六号をもつて所有権移転登記が七の物件については昭和三四年五月二六日同出張所において所有権保存登記がされた。
(ろ) 別紙第二物件目録記載の自動車を昭和三三年二月一一日頃被告南部光之に前記借入金の代物弁済として提供し、同年四月二五日東京陸運事務所受付第一六、四七九号をもつて所有権移転登録をした。
(は) 別紙第三物件目録記載の有体動産を同年二月一一日被告南部光之に前記借入金の代物弁済として提供し引渡した。その後同年五月三一日頃同被告は、右物件を自己が代表取締役となつている被告南部製鋼株式会社に売渡して引渡をした。
三、滞納会社は前項記載の物件以外にこれといつた財産を有せず、右代物弁済によつて無資力となつたために、原告はその租税債権の満足な弁済を得られなくなつたもので、右代物弁済は、原告が滞納会社に対し前記税金の納付方を督促していたところから、滞納会社がやがてなさるべき滞納処分による差押を察知し、右差押を免れるため故意に前記物件を滞納会社の代表取締役である被告南部光之に代物弁済し、その後その一部を同被告が代表取締役となつている被告会社に売り渡したものである。
よつて右譲渡行為を国税庁徴収第一七八条民法第四二四条の規定により取り消し主文同旨の判決を求める。被告は、本件代物弁済が相当対価で行なわれているから詐害行為とならないと主張するが、代物弁済は弁済と異り債務の本旨に従つた債権の履行ではないから、たとえ本件代物弁済が相当対価でなされたとしても、詐害行為となることは明らかであると述べ、被告の抗弁として主張する事実を否認した。
第二被告の申立及び主張
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告主張の事実中、第一の事実は否認する。第二の事実は認める、第三の事実中滞納会社が被告南部光之に対し原告主張の物件を代物弁済し、その後右物件の一部を被告会社に売り渡したこと、被告南部光之が滞納会社の代表取締役であることはいずれも認めるがその余の事実は否認する。滞納会社は、滞納処分による差押を免れるための故意がなかつた。すなわち、滞納会社はみずからした申告に基づく昭和三〇年ないし昭和三二年分法人税の申告額については既に納税を済ませていたのであり、代物弁済契約当時納税義務は履行ずみであり、他に納税債権があろうとは夢想だにしていなかつたものである。況んや滞納会社による差押を免れることなど、少しも考えていなかつたものである。また、滞納処会社と被告南部光之との間の代物弁済契約は、同被告が滞納会社に対し二二、六〇〇、〇〇〇円の債権を有していたところ、滞納会社から当時の評価額九、五〇〇、〇〇〇円(訴外三井不動産株式会社は昭和三三年四月二一日現在の評価額を右のように査定した)にあたる物件を代物弁済として受領したものであり、相当対価を得てなされたものから詐害行為には当たらないと述べ、抗弁として、右代物弁済が詐害行為にあたり、滞納会社が差押を免れるため故意にしたものであるとしても、被告等は本件譲り受け当時、全くその情を知らなかつたものであるから原告の請求は失当であると述べた。
第三証拠関係
原告指定代理人は、甲第一号証を提出し、証人宮下好信及び松田統の各証言を援用した。
被告等訴訟代理人は、証人成川秀雄の証言及び被告南部光之本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認めた。
理由
一、原告が滞納会社に対して有していた租税債権
証人宮之下好信の証言により真正の成立を認めうる甲第一号証及び同証人の証言によると、原告国は、昭和三三年二月一一日現在東京都墨田区吾嬬町東三丁目二二番地所在の南部商事株式会社(滞納会社)に対し昭和三〇年ないし昭和三二年分法人税として別紙滞納税額一覧表記載のとおり合計二一、八六四、九七〇円に達する租税債権を有していたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
右両名の証言及び証人成川秀雄の証言並びに被告南部光之本人尋問の結果を総合すると、右認定の法人税は、右各年度分に対する更正決定により生じたもので、同決定は昭和三二年一二月末頃訴外南部商事株式会社に通知され同会社の代表取締役であつた被告南部光之はその内容を昭和三三年一月上旬知つたことが認められる。
二、滞納会社及び被告南部光之の処分行為
滞納会社は、別紙第一物件目録一ないし七記載の不動産を昭和三三年二月一一日頃滞納会社の代表取締役である南部光之を借入金二二、六〇〇、〇〇〇円の代物弁済として提供し、そのうち一ないし六の物件については同月一四日東京法務局墨田出張所受付第三、八六六号をもつて所有権移転登記をしたが、七の物件については昭和三四年五月二六日同出張所において所有権保存登記がされたこと、滞納会社は、別紙第二物件目録記載の自動車を昭和三三年二月一一日頃被告南部光之に前記借入金の代物弁済として提供し、同年四月二五日東京陸運事務所受付第一六、四七九号をもつて所有権移転登録をしたこと、滞納会社は別紙第三目録記載の有体動産を同年二月一一日頃被告南部光之に前記借入金の代物弁済として、提供し引渡をした。その後、同年五月三一日頃被告南部光之は右物件を自己が代表取締役となつている被告会社に売渡して引渡をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
三、詐害行為の存否について
滞納会社の前記代物弁済が、詐害行為であるかどうか考察するに、証人宮之下好信、松田統及び成川秀雄の各証言ならびに被告南部光之尋問の結果によると、滞納会社は昭和三三年二月一一日頃法人税合計二一、八六四、九七〇円を滞納していた(以上は理由一において説示のとおり)が、当時同会社は朝鮮事変後の景気下降の影響を受けて経営頓に振わず、従業員に対する賃金の支払にも窮する状態であつて、勿論前記滞納税金を支払う能力はなく、早晩、国税徴収法に基づく差押等の処分を受けることは必至の情勢にあつた。しかも、滞納会社の代表取締役であつた被告南部光之は一一、〇〇〇、〇〇〇円を滞納会社に貸しつけていた外その個人財産は挙げて滞納会社が銀行に負担する債務の為に担保に供していたので、滞納会社及び被告南部光之の双方とも再起不能に陥るべきことを惧れ、滞納処分を免れる為、滞納会社の全資にあたる別紙物件目録第一ないし第三の各物件を二記載のとおり代物弁済として給付したことを認めることができ、右認定を左右しうる証拠はない。
被告等は本件代物弁済は、相当の価格でなされているから詐害行為とならない旨主張するが、かりにその評価額が被告等主張のとおりであるとしても、本件における代物弁済は、租税債務の履行を不能ならしめること必至であることを知りながらあえてしたものであるから詐害行為となることは疑を容れない。
四、被告等の知情について
被告等は滞納会社の本件代物弁済が詐害行為であることを知らなかつたと主張するけれども、本件全証拠によるも右被告等の主張事実を認めるに足らず、かえつて証人成川秀雄の証言ならびに被告南部光之本人尋問の結果によれば、滞納会社の代表取締役であるとともに、被告会社の代表取締役である被告南部光之は、滞納会社のした本件代物弁済か滞納処分による差押を免れるためされたものであることを知悉していたこと前段認定のとおりである。
五、むすび
以上説示したとおり、滞納会社の本件代物弁済は国税徴収法第一七八条、民法第四二四条の詐害行為に外ならないから、原告がその取消、主文第二項掲記の所有権移転登記、所有権保存登記並びに所有権移転登録の抹消登録及び主文第三項掲記の有体動産の引渡しを求める本請求は、すべて正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部行男 裁判官 岡田辰雄 裁判官 柳沢千昭)